ヒトは2本のあしの上に直立した胴体を乗せて歩きます。このような歩き方をする動物は他にいません。不安定に見えるこの直立二足歩行において、ヒトはどのように姿勢をコントロールしているのでしょうか。 調べなければならないことはたくさんあり、多くの研究者がそれぞれの立場から研究をしていますが、我々は歩行中の頭と目の動きに注目しています。歩行中の姿勢制御は、もちろん転倒しないようにすることが重要な目的ですが、明瞭な視覚を確保することもまた、もうひとつの目的だと考えるからです。 研究の結果わかったのは、頭と目は協調的に動いて、視線の安定を保っているということでした。 ヒトが歩く際には、あしの動きに合わせて体が上下左右に動きます(右図上)。このままだと、視界が揺れてしまいます。それを防ぐために、頭の位置が高くなった時には、頭は前に傾き(ややうつむいた状態になり)、位置が低くなった時には後に傾く(やや顎をあげた状態)のです(右図)。左右の動きも同様です。 この動きは「頭部の代償的回転」と呼ばれています。おそらく、耳の奥にある「耳石」という直線加速度の検出器からの信号で、頭の動きが生じているのでしょう(耳石頚反射)。というのは、前庭機能に障害がある人では、この頭の代償的回転は生じなかったからです。 頭が「代償的回転」を行うと、歩行中に顔がいつもその一点の方を向いているという点があることになります。この点を「Head Fixation Point」と呼びます(左図)。計算では、体の約1m前にあることになります。この位置は、歩く速さが変わってもほとんど変化しません。 では、目はどのように動くのでしょうか。Head Fixaion Pointだけを見ておけばよいのなら、目は動く必要はありません。しかし、通常、歩いている時には、私たちはもっと遠くを見ています。そのためには、目は頭とは反対向きに動かなければなりません。実際、目の動きを計測してみると、そのようになっていました。これには、「前庭動眼反射」という反射が関わっています。上に書いた耳石と同じく耳の奥(内耳)にあって、回転加速度を検出する「半器官」という器官からの信号で生じる反射です。 上に書いたのは、体を横から見た時の話ですが、上から見たときも同様です。左足が地面に着いて体が左に寄った時は、頭は右を向きます。目は頭とは反対方向に動いて、その結果、視線はほぼまっすぐ前に向きます。 このように、頭がまず体の揺れをある程度代償し、Head Fixation Pointという安定した土台を提供し、残りの補正を目が行うことで、視線の安定が達成されます。 |